畏怖するほど、奇跡的な発見。
その出来事がここにニュースとして辿り着くまでには、
幾度となく交渉が続けられたことなのかも知れない。
結局人というのは、後者に何かを残したくて、
懐疑を恐れみず、時宜を持ちそれを実現させる。
それがいかなる場合においても、どのような結果を齎すのか分からずとも。
時には誰かが瞞着し、時には誰かの意に染まず、
そんな出来事を繰り返して、何かを求めて、辿り着く。
そこに哀感を覚えるのは人それぞれだけれど。
その"情報"は、手に入れる権利がある。
問題など、人が作り出したことにしか過ぎない。
結局は、"何か"が、"自然"を壊していくのだ。
壊れかけた想いは、気丈夫な振りをして、諒とする。
そんなことをしなくても、通じているかも知れないのに。
誰がそれを求め、誰がそれを受け取るのだろう。
そして、誰かの気持ちが知りたくて、一心になる。
やがて綻んでゆく特別な時間は、
今この時しか、手に入らないのかも知れない。